チャイコフスキーとシベリウスの生い立ち】 第1回

 

1840年5月7日、ヴォトキンスクでチャイコフスキーは生まれた。ヴォトキンスクとはロシアの中でも聞きなれない地名である。中心地からはかなり東に寄っていて、モスクワまでは1000キロ余り、サンクトペテルブルグまでは1500キロ以上も離れていてヨーロッパとは正反対に位置する。彼の父イリヤはこの地域の鉱山技師であり、鉱山所長も務めていた。彼の母アレクサンドラはフランス系移民の孫であった。


チャイコフスキーの家庭に職業音楽家はいなかったが、父イリヤは声楽とフルートを習っていたし、母アレクサンドラも歌が上手くハープも弾いた。母の歌は幼いチャイコフスキーの心を深く捉えたという。それはきっと後の彼の豊富な旋律の淵源だったのだろう。また、彼に最初にピアノの手ほどきをしたのも母であった。


幼年期の彼にもう一人大きな影響を与えたのが1844年に家庭教師となったフランス人女性のファンニ・デュルバフである。この家庭教師は情操教育に熱心で、度々本の読み聞かせを行った。数年が経つと、チャイコフスキーはフランス語の詩を書くようになっていた。後年の彼にフランス的な部分が見受けられるのは、母とこの家庭教師からの影響に間違いないだろう。ここでの暮らしに慣れ親しんできたのだが、転機が訪れた。


1848年父イリヤがヴォトキンスクの鉱山所長を辞職した。一家にとって長年過ごしたこの地を去ってモスクワ経由でペテルブルグに転居した。チャイコフスキーにとってみれば生まれた時からの地を離れたのが寂しかったらしく、家庭教師だったファンニ・デュルバフにあてた手紙で、「あの頃のことを考えると、泣きたくなります。」と述べていて繊細な胸の内が伺える。

 

次記事≫ ●第2回 法律学校で学びながらピアノに向かう 〜母の死、そして、音楽の潤い〜

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【チャイコフスキーとシベリウスの生い立ち】 

はじめに

●第1回 チャイコフスキーの幼少期 〜趣味音楽をたしなむ父母、家庭教師の影響〜

●第2回 法律学校で学びながらピアノに向かう 〜母の死、そして、音楽の潤い〜

●第3回 脱サラして音楽の道へ 〜熱心に学び、活動をスタート〜

●第4回 音楽愛好家一族に生まれたシベリウス

●第5回 厳格な母方の環境、自由な父方の環境

●第6回 フィンランド語系の学校へ転入 〜カレワラを学ぶ〜

●第7回 シベリウスの音楽的興味 〜ヴァイオリン奏者を目指す〜

●第8回 新設音楽院では優等生のシベリウス

●第9回 留学地ヨーロッパでのシベリウス

●第10回 チャイコフスキーとシベリウスの特徴

●第11回 勤勉なチャイコフスキー

●第12回 好きな事に熱中するシベリウス

2018年10月28日(日)演奏会に向けて、常任指揮者・高橋俊之が演奏曲に関することをまとめた、

連載第1弾【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】に続き、

第2弾を公開いたします。

 

テーマは【チャイコフスキーとシベリウスの生い立ち】(全12回)です。

 

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次記事≫ ●第1回 チャイコフスキーの幼少期 〜趣味音楽をたしなむ父母、家庭教師の影響〜

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【チャイコフスキーとシベリウスの生い立ち】 

はじめに

●第1回 チャイコフスキーの幼少期 〜趣味音楽をたしなむ父母、家庭教師の影響〜

●第2回 法律学校で学びながらピアノに向かう 〜母の死、そして、音楽の潤い〜

●第3回 脱サラして音楽の道へ 〜熱心に学び、活動をスタート〜

●第4回 音楽愛好家一族に生まれたシベリウス

●第5回 厳格な母方の環境、自由な父方の環境

●第6回 フィンランド語系の学校へ転入 〜カレワラを学ぶ〜

●第7回 シベリウスの音楽的興味 〜ヴァイオリン奏者を目指す〜

●第8回 新設音楽院では優等生のシベリウス

●第9回 留学地ヨーロッパでのシベリウス

●第10回 チャイコフスキーとシベリウスの特徴

●第11回 勤勉なチャイコフスキー

●第12回 好きな事に熱中するシベリウス

【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第11回:最終回

 

フィンランド人の民族意識について考えるためには、「カレワラ」に触れなくてはならない。

 

ニコライ祇い虜澎銘罎任△1835年、医師であるリョンロートはフィンランド東側のカレリア地区を歩き、その地の伝承(詩歌)を収録し、それを叙事詩「カレワラ」として発表した。その評判が良かったので、さらに調査を続け、補筆し1849年に改訂版を完成させた。

 

この叙事詩は古代フィン人に思いを寄せた神話で、その後の民俗学の研究テーマ、あるいは、美術、音楽の創作材料ともなって、フィンランド人全体に大きな影響を与えた。シベリウスの初期の作品クレルヴォ交響曲やレンミンカイネン組曲もこの「カレワラ」が題材となっている。

 

タイトルのクレルヴォやレンミンカイネンというのは「カレワラ」の登場人物であり、わが国の神話でいえばスサノウノミコトやオオクニヌシノミコトを題材にしているのと同じことである。


シベリウスが持っていた祖国愛の度合いを知ることはできないが、少なくとも、フィンランド独自の文化を興そうという雰囲気の中に彼の活動があった。

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜

【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第10回

 

こうして、フィンランドは長い間スウェーデンによって形作られてきたのだが、この後、大きな変化が訪れた。
19世紀初頭、ヨーロッパ全体がナポレオンの登場で緊張している中、またもスウェーデンは内紛をきっかけに国が揺れ動き、1808年ロシアからフィンランド地区への攻撃を許すことになる。現地のフィンランド人たちは必死に戦った。しかし、スウェーデンはすでにこの地には見切りをつけていて、援軍を送らなかった。

 

私事ではあるが、つい先日、このフィンランドとロシアとの国境付近を飛行機で通る機会があった。

上空から眺めてみると、見渡す限り大小の湖が点在し大地を埋め尽くしていた。まとまった陸地を形成しているとはいえず、集落のようなものはまるで見られなかった。

 

飛行機から見たロシアとフィンランドとの国境付近

画像:飛行機から見たロシアとフィンランドとの国境付近(筆者撮影)

 

外務省のホームページによると、現在のフィンランドの人口は550万人だという(東京都人口1,300万人超)。また、国土の面積は日本より少し狭く、ちょうど沖縄を除く九州七県を差し引いたぐらいになる。つまり、人口密度がわが国よりもかなり低いわけで、こういった湖だらけの土地を現代の土木技術を駆使して開発する必要もないのだろう。このような土地のために何世紀も前からロシアもスウェーデンも文字通り一所懸命になっていた。


この侵攻の翌1809年、フィンランドは正式にロシアに割譲された。1812年には首都がトゥルク(オーボ)からヘルシンキに移された。

 

ニューグローブ世界音楽大事典のフィンランドの項によると、この後徐々に都市文化が発達していき、60年代以降、国内で催される演奏会の回数が飛躍的に増加したという。

 

また、アマチュア音楽家の演奏活動も盛んになり、演奏会通いをする人も増えた。

 

65年生まれであるシベリウスも、10代の頃から自らはヴァイオリンを弾き、家族で三重奏をたしなむような環境だった。この時代の典型的な良き家庭だったのだろう。

 

次記事●第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜

【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第9回

 

高緯度に位置するフィンランドであっても紀元前から人は生活していた。ロシアのウラル山脈に近い地域から移動し、その途中に農耕を覚えてフィンランドに定住したということである。ウラル付近からヨーロッパに定住するというのは、ハンガリーなども同じである。そしてこの地域に今のフィンランドの源ともいえるものが形成されたのが、ロシアの場合と同じで、キリスト教の導入された時代だと考えていいだろう。そういう意味でフィンランドを形作ったのはスウェーデンだった。スウェーデン王のエーリク柔い1155年北方十字軍としてフィンランドに出兵し、司教ヘンリックがフィンランドにカトリック信仰をもたらした。王は、更に東に兵を進めたが、東方正教の勢力の強い地域に差し掛かると、モンゴルの侵入に押し返され東カレリアを保有するにとどまった。つまり、フィンランドとロシアとの国境は、ローマカトリックと東方正教との境界線でもあった。


このように、フィンランドはスウェーデンに支配されることによりヨーロッパの仲間に入ることになった。しかし、その宗主国であるスウェーデンも決して頼りがいがあるとは言えなかった。国内の内紛の末、1397年にデンマーク、ノルウェーとの3国により結ばれたカルマル同盟では、事実上デンマークの支配下に置かれた。時代が下って、1523年、グスタブ祇いようやくカルマル同盟から分離独立し王に即位し、宗教改革を行い、ルター派を受け入れた。以後、現在に至るまでスウェーデンではルター派が国教とされている。フィンランドもこの改革に付き合うことになり、国教でこそないものの、ルター派が大勢を占めている。


次記事●第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜

本日、多摩管 公開リハーサルが終了いたしました。
ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました。

ほぼいつもの雰囲気で練習をした後、

通し演奏をお客様に聞いていただくことで、本番へ向けての準備が一段階進みます。

 

演奏会本番は10月28日(日)です。

 

演奏会へのご来場、心よりお待ち申しております。

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多摩管弦楽団第46回定期演奏会に向け、
リハーサルを公開します。
普段に近い練習を垣間見ることができます。
ご興味お持ちのかた、入団ご希望のかたのご来場をお待ちしております。

日時:2018年10月14日(日)15:00頃〜(1時間半程度)
         *公開時間以外は入室できません。
場所:多摩市永山公民館5階ベルブホール
http://www.city.tama.lg.jp/shisetsu/17996/017639.html
曲目:チャイコフスキー交響曲第5番 より

 

・観覧ご希望のかたは直接会場へお越しください。
  事前申し込みは不要です。
・公開時間中の途中入退室できます。
・写真撮影・録音録画などは禁止です(係員除く)。
・練習の妨げになると判断した場合にはご退室いただきます。
・その他、係員の指示に必ず従ってください。

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第8

 

文化の面で本格的に西欧化されたのはエカテリーナ鏡い亮世になってからである。

 

彼女は1762年に皇帝に即位した。元々ドイツからピョートル契い糧泙箸靴討笋辰突茲真箸両紊任△辰燭、曲折の末、自らが皇帝となった。エカテリーナは教養が高くロシアに来る前から啓蒙思想を学んでいた。ロシア帝国はモンゴル帝国式の専制で成り立っていたから、学識が高い彼女はとんでもない所に嫁に来たと思ったに違いない。しかし、直ちに政治方針を西欧式にすることは貴族たちの発想の限界もあり、それよりも先ず教育の必要性を痛感した。

 

このような事情の中で西欧音楽が積極的に取り入れられ、イタリアの音楽家たちが数多く招聘された。わが国の明治維新のお雇い外国人を思えばわかりやすい。パイジェルロ(1740〜1816年)はその一典型である。1776年から7年間ロシアでエカテリーナ付きの楽長として作曲、指揮をした。1783年に妻が病気だという嘘くさい理由を掲げてイタリアへの帰国許可を願い出た。パイジェルロはエカテリーナ帝からの信頼が厚く、この申し出に対し1年間の有給休暇の後に復帰する提案をされる程だった。しかし、帰国を果たした彼は二度とロシアに戻ることはなかった。母国イタリアでまともな職を得たのである。当時のロシアとは、西欧の音楽家にとってそんなものでしかなかったのだろう。


こうした西欧化の方針の末、初めての国際的な作曲家としてグリンカが登場するのは、19世紀まで待たなければならなかった。この頃になると、農奴に対しても収奪をするだけではなく合唱や器楽合奏をさせたりする貴族も少なくなかった。グリンカは、叔父が農奴のオーケストラを所有していたので、管弦楽に親しむ機会にも恵まれ、音楽的な環境の中で育った。


欧化政策から約1世紀を経て活躍するチャイコフスキーはその次世代で、子供の頃からグリンカのオペラの上演に感動したりして育った。また、チャイコフスキーはペテルブルグ音楽院最初の卒業生で、初めてロシアにおいてアカデミックな教育を受けた音楽家となった。自国で世界的な音楽家を養成する教育機関が出来た。チャイコフスキーはこうした急速な近代化の中で誕生した作曲家であった。この時代の流れはそこで止まることはなく、やがてロシア革命に至る。

 

次記事第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜

【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第7回

 

そして、もう一つ音楽と直接結び付く問題として、教会の鐘が東西で異なる形式のものが使われているということにも触れておきたい。

 

西ヨーロッパの教会の「カラーン、カラーン」という鐘の音は私たちにも聞き覚えがある。

紐を引くとベルが傾き、緩めるとまた元の位置に復元するという動きによって内側にぶら下がっている舌(クラッパー)がベルとかち合い、そのようなリズムで音が鳴る。

 

これに対し、東方正教の鐘は鳴らすメカニズムがまた違っている。

 

こちらの場合は、紐がベル本体ではなく舌に繋がっており、その舌だけを動かし本体は静止したまま打ち鳴らす。

ベル本体を動かさないことで、西側のものより建物の強度問題が大幅に軽減される。

 

このため、大きさも西欧のものをしのいでおり、写真でみると日本の梵鐘(ぼんしょう)のような人がすっぽり入る程の大きなものもある。

また東方正教の寺院では、トレズヴォンといって大小の複数の鐘を設置しており、これを数人がかりで鳴らす。

 

音色は、日本の梵鐘が木で突くために「ゴーン、ゴーン」という印象であるのに対し、トレズヴォンは金属同士が打ち合うので「ガーン、ガーン」というような音のイメージになる。

 


◆トレズヴォン動画

 

ラフマニノフの「鐘」やムソルグスキーの「展覧会の絵」の最後に登場するキエフの鐘も、当然西ヨーロッパの「カラーン、カラーン」の方ではなく、トレズヴォンの音が作曲の素材になっていると考えるべきだろう。

 

また特に表記があるわけではないが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲の冒頭で、ソロピアノが単なる和音の打ち鳴らしを大げさに続けていくような感覚は、幼少期からトレズヴォンの音色に馴染んでいたからこその音感なのではないかと思えてくる。

 

彼らには、このトレズヴォンの鐘がなり、合唱が歌い続ける教会の響がそのまま潜在的な音感となっていったことであろう。

こうした特徴を持ったロシアが西ヨーロッパの音楽と出会っていく頃に話を進めたい。

 

次記事●第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜

【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第6回

 

信仰の対象であって、元来、芸術作品であるかどうかは求めていないというこの姿勢は、そのまま音楽にも当てはまるとみていいだろう。

 

あくまでも、神に捧げる言葉に音楽を付けているのであって、卓越した音楽性を感じさせるようなものを奏でることが目的ではないのである。

 

その意味では、近代になってからのチャイコフスキーやラフマニノフが作曲した聖歌「徹夜祷」(晩祷)なども、本来、公演を目的としている作品目録で同列に扱うべきではないのかもしれない。

 

この東方正教の宗教儀式は声楽のみによって行われ、楽器の使用は禁止されている。

 

つまり、神に対する祈りの言葉、讃美の言葉があるから、それを声楽という形で伝えているのであって、歌詞を持たない器楽の音は、具体的な祈りや讃美を発していないとみなされているのである。

 

当然、西ヨーロッパが教会内で様々な楽器を使用して典礼行事を行い、芸術性の高いことを当然として発展していったのとは、異なる結果となった。

 

それでもロシアでは、この声楽のみによる音楽の分野において大きく発展していった。

2組あるいは3組の合唱による複合唱曲や、バロックのコンチェルトのように数人の独唱者で演奏する部分とテュッティによる合唱部分が交互に演奏する形式も成立した。

だが、このような聖歌が西欧に広まったり、模倣されたりするようなことはほとんどなかった。

 

◆ロシア正教聖歌(動画)http://www.nicovideo.jp/watch/sm16622138

 

 

次記事第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜


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