【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第3回

 

ビザンツ帝国とはローマ帝国が二つに分裂した東側に当たる。

ローマ帝国は392年、キリスト教こそが帝国唯一の国教と定め、その直後に東西に分裂した。

年表で確認すると、西暦395年が東西分裂の年になっている。

当初は帝国が二分してもキリスト教会は同一組織であった。

 

しかし、時代が下っていく中で、東西の考え方の違いに持ちこたえられなくなり、

とうとう、1054年、ビザンツ側の教会が、西側ローマカトリック教会から分離独立する。

この分かれたビザンツ側の教会のことを東方正教会あるいはギリシア正教会と呼んでいる。

 

キリスト教化したロシアではあったが、この東方正教会の分離独立によりヨーロッパ諸国とは異なる性格の国になっていった。

ロシアが、ヨーロッパであるような無いような感じがする原因の一つといえよう。


こうしてロシアの原点となったキエフ公国も年表から消滅することになる。

1240年、モンゴル帝国によってキエフは制服された。

以後、2世紀半に及びキプチャク=汗(ハン)国としてタタールの軛(くびき)と言われる異民族支配に置かれた。


東洋系の韃靼人に支配されることになったロシア(キプチャク=汗国)にとって、

西の向こうにあるヨーロッパは益々遠のいていった感覚になったことであろう。

 

この間に、日本では室町時代、ヨーロッパではルネサンスを迎えた。

この時期には文化的な面での日本らしさやヨーロッパらしさが形成されたが、

ロシアにおいてはそれどころではなく、タタールから専制という統治スタイルを受け継ぐ期間になった。

 

次記事第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜