【チャイコフスキーとシベリウスの生い立ち】 ●第8回 

 

ヘルシンキ音楽院ではマルティン・ヴェゲリウスから指導を受けた。

 

ヴェゲリウスはフィンランド歌劇場の監督で、ピアノ、作曲もするが、何よりもこの音楽院を創設しての教育活動こそが彼の最も大きな業績である。この当時、音楽院はまだ設立して数年しか経っておらず、木管楽器のクラスもなく、生徒の多くは良家の子女であり、初級者レベルの者も多かった。こんな中で、シベリウスが抜きんでた存在だったことは当然なことだった。


数年すると、この音楽院にまだ若いがすでにヨーロッパで名声を挙げていたフェルッチョ・ブゾーニがピアノ教師として赴任してきた。

 

ブゾーニはレッスンに犬を連れてくるという変わり者で滞在期間も短かったが、その初歩的な生徒たちに失望しつつも、忍耐と誠意を持って指導に当たったと見え、後日、バッハのインヴェンションとシンフォニアを校訂した版(ブゾーニ版)をこの音楽院に献呈している。ブゾーニは年齢の近いシベリウスの才能に気づき、学生と指導者という立場でありながら、すぐに意気投合した。このシベリウスとブゾーニとの友好関係は生涯続いた。

 

また、この音楽院で、シベリウスはアルマス・ヤーネフェルトにも出会う。シベリウスと同じように法学部を辞めて来ていた。このアルマスの妹が後にシベリウスの妻となるアイノである。

 

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【チャイコフスキーとシベリウスの生い立ち】 

はじめに

●第1回 チャイコフスキーの幼少期 〜趣味音楽をたしなむ父母、家庭教師の影響〜

●第2回 法律学校で学びながらピアノに向かう 〜母の死、そして、音楽の潤い〜

●第3回 脱サラして音楽の道へ 〜熱心に学び、活動をスタート〜

●第4回 音楽愛好家一族に生まれたシベリウス

●第5回 厳格な母方の環境、自由な父方の環境

●第6回 フィンランド語系の学校へ転入 〜カレワラを学ぶ〜

●第7回 シベリウスの音楽的興味 〜ヴァイオリン奏者を目指す〜

●第8回 新設音楽院では優等生のシベリウス

●第9回 留学地ヨーロッパでのシベリウス

●第10回 チャイコフスキーとシベリウスの特徴

●第11回 勤勉なチャイコフスキー

●第12回 好きな事に熱中するシベリウス