【チャイコフスキーとシベリウスの生い立ち】 ●第7回 

 

この時期、シベリウスは徐々にピアノからヴァイオリンに興味が移っていった。ヴァイオリンは父方の伯父ペールが弾いていた。ペールはトゥルク出身のビジネスマンで、彼の趣味はヴァイオリンを弾くことの他に、望遠鏡を持っていて星の観察もしていた。また、音楽理論の知識はなかったが、作曲も試みている。


15歳になるとハメーンリンナの軍楽隊長グスタフ・レヴァンデルについて正式にヴァイオリンのレッスンを始めた。後年、シベリウスはヴァイオリンのレッスンを始めたことで、「音楽に囚われた。」と述べている。いずれは、職業ヴァイオリン奏者になろうとの思いも強くなり、練習にも精を出すようになった。この時期、姉のリンダがピアノ、弟のクリスティアンがチェロ、そしてシベリウスがヴァイオリンという形でトリオを組みホームコンサートなどで演奏している。


しかし進学の時期になりシベリウスが音楽の道に進みたいと言い出すと、親族一同が反対し説得に力を注いだ。現代でもよくある話だが、当時のフィンランドではまだ音楽家の地位も低かった。職業音楽家がいないわけではなかったのだが、そのような分野はまだ黎明期であり、彼の志望に強く反対したとしても、芸術に無理解だったという訳ではない。


1885年、一応ヘルシンキ大学の法学部に進学した。しかし、シベリウスはそもそも課せられた義務にひれ伏して勉強をする事などできる性質ではなかった。法学部に籍を置いたままヘルシンキ音楽院に通い始めることになった。法学部をやめなかったのは、尚も反対する親戚の手前そのようにしただけであって、シベリウスはすでに戻る気など毛頭無かったであろう。1886年、とうとうヘルシンキ大学を退学した。

 

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【チャイコフスキーとシベリウスの生い立ち】 

はじめに

●第1回 チャイコフスキーの幼少期 〜趣味音楽をたしなむ父母、家庭教師の影響〜

●第2回 法律学校で学びながらピアノに向かう 〜母の死、そして、音楽の潤い〜

●第3回 脱サラして音楽の道へ 〜熱心に学び、活動をスタート〜

●第4回 音楽愛好家一族に生まれたシベリウス

●第5回 厳格な母方の環境、自由な父方の環境

●第6回 フィンランド語系の学校へ転入 〜カレワラを学ぶ〜

●第7回 シベリウスの音楽的興味 〜ヴァイオリン奏者を目指す〜

●第8回 新設音楽院では優等生のシベリウス

●第9回 留学地ヨーロッパでのシベリウス

●第10回 チャイコフスキーとシベリウスの特徴

●第11回 勤勉なチャイコフスキー

●第12回 好きな事に熱中するシベリウス