【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第9回

 

高緯度に位置するフィンランドであっても紀元前から人は生活していた。ロシアのウラル山脈に近い地域から移動し、その途中に農耕を覚えてフィンランドに定住したということである。ウラル付近からヨーロッパに定住するというのは、ハンガリーなども同じである。そしてこの地域に今のフィンランドの源ともいえるものが形成されたのが、ロシアの場合と同じで、キリスト教の導入された時代だと考えていいだろう。そういう意味でフィンランドを形作ったのはスウェーデンだった。スウェーデン王のエーリク柔い1155年北方十字軍としてフィンランドに出兵し、司教ヘンリックがフィンランドにカトリック信仰をもたらした。王は、更に東に兵を進めたが、東方正教の勢力の強い地域に差し掛かると、モンゴルの侵入に押し返され東カレリアを保有するにとどまった。つまり、フィンランドとロシアとの国境は、ローマカトリックと東方正教との境界線でもあった。


このように、フィンランドはスウェーデンに支配されることによりヨーロッパの仲間に入ることになった。しかし、その宗主国であるスウェーデンも決して頼りがいがあるとは言えなかった。国内の内紛の末、1397年にデンマーク、ノルウェーとの3国により結ばれたカルマル同盟では、事実上デンマークの支配下に置かれた。時代が下って、1523年、グスタブ祇いようやくカルマル同盟から分離独立し王に即位し、宗教改革を行い、ルター派を受け入れた。以後、現在に至るまでスウェーデンではルター派が国教とされている。フィンランドもこの改革に付き合うことになり、国教でこそないものの、ルター派が大勢を占めている。


次記事●第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

 

---------------------------------------

【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜