【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第7回

 

そして、もう一つ音楽と直接結び付く問題として、教会の鐘が東西で異なる形式のものが使われているということにも触れておきたい。

 

西ヨーロッパの教会の「カラーン、カラーン」という鐘の音は私たちにも聞き覚えがある。

紐を引くとベルが傾き、緩めるとまた元の位置に復元するという動きによって内側にぶら下がっている舌(クラッパー)がベルとかち合い、そのようなリズムで音が鳴る。

 

これに対し、東方正教の鐘は鳴らすメカニズムがまた違っている。

 

こちらの場合は、紐がベル本体ではなく舌に繋がっており、その舌だけを動かし本体は静止したまま打ち鳴らす。

ベル本体を動かさないことで、西側のものより建物の強度問題が大幅に軽減される。

 

このため、大きさも西欧のものをしのいでおり、写真でみると日本の梵鐘(ぼんしょう)のような人がすっぽり入る程の大きなものもある。

また東方正教の寺院では、トレズヴォンといって大小の複数の鐘を設置しており、これを数人がかりで鳴らす。

 

音色は、日本の梵鐘が木で突くために「ゴーン、ゴーン」という印象であるのに対し、トレズヴォンは金属同士が打ち合うので「ガーン、ガーン」というような音のイメージになる。

 


◆トレズヴォン動画

 

ラフマニノフの「鐘」やムソルグスキーの「展覧会の絵」の最後に登場するキエフの鐘も、当然西ヨーロッパの「カラーン、カラーン」の方ではなく、トレズヴォンの音が作曲の素材になっていると考えるべきだろう。

 

また特に表記があるわけではないが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲の冒頭で、ソロピアノが単なる和音の打ち鳴らしを大げさに続けていくような感覚は、幼少期からトレズヴォンの音色に馴染んでいたからこその音感なのではないかと思えてくる。

 

彼らには、このトレズヴォンの鐘がなり、合唱が歌い続ける教会の響がそのまま潜在的な音感となっていったことであろう。

こうした特徴を持ったロシアが西ヨーロッパの音楽と出会っていく頃に話を進めたい。

 

次記事●第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜