【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第6回

 

信仰の対象であって、元来、芸術作品であるかどうかは求めていないというこの姿勢は、そのまま音楽にも当てはまるとみていいだろう。

 

あくまでも、神に捧げる言葉に音楽を付けているのであって、卓越した音楽性を感じさせるようなものを奏でることが目的ではないのである。

 

その意味では、近代になってからのチャイコフスキーやラフマニノフが作曲した聖歌「徹夜祷」(晩祷)なども、本来、公演を目的としている作品目録で同列に扱うべきではないのかもしれない。

 

この東方正教の宗教儀式は声楽のみによって行われ、楽器の使用は禁止されている。

 

つまり、神に対する祈りの言葉、讃美の言葉があるから、それを声楽という形で伝えているのであって、歌詞を持たない器楽の音は、具体的な祈りや讃美を発していないとみなされているのである。

 

当然、西ヨーロッパが教会内で様々な楽器を使用して典礼行事を行い、芸術性の高いことを当然として発展していったのとは、異なる結果となった。

 

それでもロシアでは、この声楽のみによる音楽の分野において大きく発展していった。

2組あるいは3組の合唱による複合唱曲や、バロックのコンチェルトのように数人の独唱者で演奏する部分とテュッティによる合唱部分が交互に演奏する形式も成立した。

だが、このような聖歌が西欧に広まったり、模倣されたりするようなことはほとんどなかった。

 

◆ロシア正教聖歌(動画)http://www.nicovideo.jp/watch/sm16622138

 

 

次記事第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

 

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【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜