【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】  第4回

 

ここで、ローマカトリック教会と東方正教会とでは、宗教芸術の面においてどういった違いがあったのかに目を向けてみたい。

 

ヨーロッパの宗教画などは芸術性が高く、国宝クラスのものが数多くあることを私たちもよく知っている。

ミケランジェロ、ラファエロ、ダ・ヴィンチなどの作品はキリスト教、あるいは美術という枠を超えて、西洋史上の遺産である。

 

また、音楽においてもそれに匹敵する偉大な楽聖達がいた。

そもそも、教会は音楽家にとって重要な活動の場でもあった。

 

こうした美術や音楽は、例え教会のための宗教作品であったとしても、文化を異にするわが国にも感動を与える芸術として認識されている。

そして、それは何も近代になってから知られたのではなく、すでに16世紀にはその文化が知れ渡り、鎖国という政策にならなければ、順次、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの音楽も伝来していたはずである。


このようなカトリック文化との交流を見ると熱伝導の良さを感じるが、これは、受け取る側だけではなく、発信する教会側にも積極性があるからだといえる。

 

一方の東方正教はこうした熱心な発信というものがない。

 

ニコライ堂(日本ハリストス正教会東京復活大聖堂)聖歌隊指揮者でギリシア正教聖歌研究者でもあった高井寿雄(たかいひさお)氏の著書「ギリシア正教入門」の序章で、正教が発信しないことについて触れている。

『日本にはたくさんの宗教が共存していて神道、仏教、キリスト教とその各流派をあげればきりがないほどである。そしてそれらの宗教はなんらかの形において自分の宗教をPRしている。(中略)そんな中にあって、なにひとつ現世的な迎合、宣伝もせず、対外的にも門戸を閉じているのが日本の正教会ではあるまいか。』

 

次記事第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

 

---------------------------------------

【チャイコフスキーとシベリウスが生まれた国  〜ロシアとフィンランドの基礎知識〜】 

はじめに

第1回 隣近所のロシアとフィンランド 〜音楽の中心地ヨーロッパは遠く〜

第2回 ロシアの出発点 〜キリスト教を取り入れて〜

第3回 ヨーロッパと分かれていくロシア

第4回 宗教芸術の違い 〜芸術として発信するか否か〜

第5回 東方正教の宗教芸術 〜美術的価値尺度で発信をしない〜

第6回 東方正教の音楽 〜楽器使用の禁止、声楽だけ〜

第7回 ロシアの鐘 〜日本で一般的にイメージする「教会の鐘」と異なるトレズヴォン〜

第8回 西欧音楽の伝来 〜グリンカを経てチャイコフスキーへ〜

第9回 フィンランドの出発点 〜スウェーデン支配によるキリスト教化〜

第10回 フィンランドを巡る戦い 〜シベリウスの時代に至るまで〜

第11回:最終回 フィンランド人の民族意識 〜シベリウスも題材にした 叙事詩「カレワラ」〜